豪華な四面像の「市の柱(ラック・ムアン)」/(ナコーン・シー・タムマラート)

豪華な四面像の「市の柱(ラック・ムアン)」
(ナコーン・シー・タムマラート)


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 ムアン・ナコーン・シー・タムマラートにあるラック・ムアンは、とてもきれいな白亜の建物の中にあります。柱自体も変わっており、複数の仏陀?の顔が彫られている豪華版です。

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「山田長政この地に眠る」の碑「ソムデット・プラ・シーナカリン 84 公園(トゥン・ター・ラート公園)」/(ナコーン・シー・タムマラート)

「山田長政この地に眠る」の碑
「ソムデット・プラ・シーナカリン 84 公園(トゥン・ター・ラート公園)」
(ナコーン・シー・タムマラート)


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左: 「山田長政この地に眠る」の碑


 はるばるナコーン・シー・タムマラートの地を訪れたのは、この碑を見るためといっても過言ではありませんでした。しかし、この碑がある場所はあまりにも遠く?、そして、その碑はあまりにも小さいものでした(笑)。
 碑を見学していると、高校生か中学生くらいの女の子たちに「何をしているのですか?」と声を掛けられました。私はこの碑を見るために日本から来たことを告げ、「この碑は何の碑だか知ってる?山田長政って知ってる?」と聞いてみました。すると、「知らない」との返事。そこで、「アユタヤー時代に王都アユタヤーから山田長政という日本人がここへやって来て、この地で亡くなった」という説明をしておきました。
 彼女たちは、ボランティア活動で?清掃のようなことをしていました。その中の一人の腕には、ひらがなで「わたしのなまえはあきです」とマジックで書かれていたので、まんざら日本と関係がない女の子たちではないようです。でも、その子たちが、山田長政の名前を知らないとはね。

 山田長政の碑は、町の北部に位置しているソムデット・プラ・シーナカリン 84 公園という広大な広さを誇る公園の北部にあります。町の中心部に一番近い公園の南側の入り口から歩いて行くのは、かなり大変ですので覚悟してください。バイク・タクシーを雇って、町中からの往復と公園内の移動を頼んだ方がいいと思います。
 この碑は、2001年に石川県タイ友好協会のメンバーによって設立されたものです。「山田長政この地に眠る」と刻まれています。非常にシンプルなもので、正直、わざわざここまで見に来る価値があるかどうか分かりません。

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「山田長政の碑」


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町中に忽然と姿を現す巨大な仏塔「プラ・チェディー・ヤック(ジャイアント・チェディー)」/(ナコーン・シー・タムマラート)

町中に忽然と姿を現す巨大な仏塔
「プラ・チェディー・ヤック(ジャイアント・チェディー)」
(ナコーン・シー・タムマラート)


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 ナコーン・シー・タムマラートのメイン・ストリートであるラーチャダムヌーン通りを歩いていると、忽然と姿を現したのが巨大な仏塔「プラ・チェディー・ヤック(ジャイアント・チェディー/Phra Chedi Yak/Giant Chedi)」でした。現在は白く塗られてしまっていますので古さを全く感じませんが、か~なり古いものです。

 セイロン(スリランカ)様式の巨大な仏塔がある遺跡。1257~1358年の間に創建された。アユタヤー時代と早期ラタナコーシン時代に修復されている。また、1975~79年にかけても修復された。
 Phra Boromthat Chediに次いで、(ナコーン・シー・タムマラートで?)二番目の大きさを誇っている。また、作者は、Phra Boromthat Chediと同一人物と信じられている。チェディーの前には、アユタヤー時代に造られたLuang Pho Ngoen(Phra Ngoen)という座仏が鎮座している。

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せっかく日本から来たのに、山田長政関連の展示がなくなっている/「ナコーン・シー・タンマラート博物館」

せっかく日本から来たのに、山田長政関連の展示がなくなっている
「ナコーン・シー・タンマラート博物館(市立博物館)」


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 先日、アユタヤー時代に活躍したとされている日本人・山田長政関連の史跡を訪ねてナコーン・シー・タムマラートまで行って来ました。着いた翌日、山田長政関連の展示があるという「ナコーン・シー・タンマラート博物館(市立博物館)/Nakhon Si Thammarat Museum(City Museum)」を目指しました。すると、入り口には臨時休業の貼紙があるではないですか。仕方ないので引き返すことに。ナコーン・シー・タムマラート滞在は二泊だけですので、再訪しなければならないのは時間的に痛いです。
 そして翌朝、博物館を再度訪れました。ナコーン・シー・タムマラートの歴史や生活などが学べ、やや小さいですが悪くない内容です。博物館の建物は四つありますが、内二つは展示物がありません。見学し終わって気付いたのですが、山田長政関連の展示がありません。見逃したか?まさか?隅から隅まで見たはずです。そこで、職員の方に聞いてみると、「山田長政?あっ、今はもうないですよ」とのこと。何もないのですかと再度問うと、「全くありません」とのことでした。
 何ということか、わざわざ出直してきた上に、山田長政の展示が何もないとは。というわけで、以前あった山田長政関連の展示はもうないそうです。もしかすると、今は展示物がない二つの建物のどちらかにあったのかもしれません。残念です。

 ソムデット・プラ・シーナカリン 84公園の中にある、市営の博物館。公園の南側の入口から入って、すぐのところにある。地元民の教育のために造られた博物館。ナコーンシータムマラートの歴史から観光まで、様々な展示がされている。

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太平洋戦争開始の日、日本軍上陸の際の戦闘で戦死した兵士を祀った像「ウィーラタイ・モニュメント」(ナコーン・シー・タムマラート)

太平洋戦争開始の日、日本軍上陸の際の戦闘で戦死した兵士を祀った像
「ウィーラタイ・モニュメント」
(ナコーン・シー・タムマラート)


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 太平洋戦争開始のその日、1941年12月8日に日本軍上陸の際の戦闘で戦死した兵士に敬意を表するために造られた黒い銅像です。市の中心部から行くと、軍の基地(Fort Vajiravudh)に入ってからかなりの距離があります。ラーチャダムヌーン通りのロータリーの中央部に設置されています。

[時代背景]
 太平洋戦争開戦の日、12月8日の早朝、日本軍はハワイのパールハーバー攻撃と呼応して、シンガポール攻略を目指す山下泰文が総司令官を務める陸路部隊がタイ領内のシンゴラ、パタニー、チュムポン、プラチュアプキリカーン、バンドン、他一ヵ所に上陸した。イギリスの力が及んでいないタイから陸路を使い、マレーシアを南下しシンガポールに進軍する計画であった。上陸後数時間後にタイ政府が日本軍の領土内移動を認めたため、形の上では日本とタイは戦争状態とはならなかった。



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山田長政ゆかりの地「ナコーン・シー・タムマラート」へ行ってみよう

山田長政ゆかりの地「ナコーン・シー・タムマラート」へ行ってみよう


 11月に、アユタヤー時代のタイで活躍したと言われる日本人・山田長政ゆかりの地「ナコーン・シー・タムマラート」へ行ってみようと思います。ということで、今回はナコーン・シー・タムマラートの動画を紹介しましょう。まだ、一度も行ったことがありませんので、とても楽しみです。

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【Nakhon Si Thammarat Walking Tour】 by tatviews


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世界遺産の仮リストに登録、ナコーン・シー・タムマラートの「ワット・プラ・マハタート」

世界遺産の仮リストに登録
ナコーン・シー・タムマラートの
「ワット・プラ・マハタート」


 タイ南部、ナコーン・シー・タムマラートにある「ワット・プラ・マハタート」が世界遺産の仮リストに登録されました。本登録までの道のりはまだまだ遠いですが、どうなるのでしょうか?

 鉄道のナコーン・シー・タムマラート駅から、南へ約2kmほどの場所に位置している寺院です。正式名称は、「ワット・プラ・マハタート・ウォラマハー・ウィハーン(Wat Phra Mahathat Woromaha Vihan/วัดพระมหาธาตุวรมหาวิหาร)」といいます。高さ78mの巨大なチェディー(仏塔)「Phra Barommathat Chedi」があることでも有名です。塔の中には、仏舎利が収められているということです。このチェディーは、シュリービジャヤ時代(4世紀)に現在より小さなものが建立されたと考えられています。その後、ナコーン・シー・タンマラートの初代の統治者であるKing Si Thammasokarat 1世によって発見され、555年に再建されました。そして、1222年には、現在のような釣鐘型の先端がとがったスタイルに改築されました。塔は、158もの小さなパゴダに囲まれています。

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Bangkok Post
22 Jun 2013




















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「ワット・プラ・マハタート」世界遺産候補にノミネート

「ワット・プラ・マハタート」世界遺産候補にノミネート
<ナコーン・シー・タンマラート県>


 ナコーン・シー・タンマラート県にあるワット・プラ・マハタートの仏塔「Phra Barommathat Chedi」が、ユネスコの世界遺産候補にノミネートされました。

 ワット・プラ・マハタートは、鉄道のナコーン・シー・タムマラート駅から南へ約2kmほどの場所に位置している寺院です。正式名称は、「ワット・プラ・マハタート・ウォラマハー・ウィハーン(Wat Phra Mahathat Woromaha Vihan/วัดพระมหาธาตุวรมหาวิหาร)」といいます。高さ78mの巨大なチェディー(仏塔)「Phra Barommathat Chedi」があることでも有名です。塔の中には仏舎利が収められているということです。このチェディーは、シュリービジャヤ時代(4世紀)に現在より小さなものが建立されたと考えられています。その後、ナコーン・シー・タンマラートの初代の統治者であるKing Si Thammasokarat 1世によって発見され、555年に再建されました。そして、1222年には、現在のような釣鐘型の先端がとがったスタイルに改築されたいうことです。塔は、158もの小さなパゴダに囲まれています。果たして、世界遺産に登録されるでしょうか?

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 Asia Networkのメンバーです。タイの全県取材制覇を目指していますが、時間不足、資金不足で成就するかどうか。大都会から山奥まで、様々な場所に出没します。

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